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2012年4月28日 太田尭(たかし)氏 講演会 映画上映「かすかな光へ」

2012年4月28日(土) 13:30〜16:30 あざれあ

1、映画「かすかな光へ」

 太田尭氏は戦中派でもある。徴兵され、出兵して、セレベス島に行った。その時に農村・漁村出身兵の力に感服した。生活に根付き身についた彼らの知恵に圧倒され、自分自身のただ貯めこんだだけの知識がつまらないものに思えた。それをきっかけに、なんのために学んだのかを問い直すことになる。「少数者によって多数者を支配するための教育、人を殺す戦争のためだけでなく、魂の圧殺行為であった戦前の教育ではなく、生きる力をはぐくむ教育とは何か」と。

 戦後、広島の小学校で「国家に都合のよい教育」を否定し、民主教育に取り組む。教科書は教え込むものではなく、参考書の一種であった。全国一斉ではなく、その地域に適した教育、自分の頭で考え、調べる自由な学習を模索した。

 しかし、朝鮮戦争が始まると右傾化し、警察予備隊が編成され、教師の政治活動が禁止され、教育委員会の公選制が廃止された。教科書検定も始まった。

 太田尭氏は、「農村・漁村の教育力」の調査にはいるが、子どもたちの内面に入れないことに苦悩する。そしてそのころ、「山びこ学校」の「生活つづり方」に出会うい、子どもたちが心を表現していることに衝撃を受けた。

 そして「青年学級」にかかわることになる。農村の二男、三男たちが集まるが、将来に希望が持てず、学校はサボり、サケ・タバコにおぼれ、家出を繰り返す、自称「不良」青年たちだった。彼らはロハ台にたむろし、世間話のおしゃべりに時間をつぶしていた。そこに当時東大助教授の太田尭が飛び込む。

 翌日、彼らの言葉をガリ版刷りのプリントにした。彼らの言った言葉、つぶやきがプリントになっている。青年達はそれに驚いた。そして、おしゃべり場が、話し合いの場に代わっていく。プリントには詩も載せた。彼らはそれ待ち望むようになっていく。仕事に疲れてくる彼らにとって、そこは癒しの場になっていった。日常生活のできごとを語り合っているうちに、悩みや苦しみを語り始めた。「百姓なんてきたならしいもの、自分の人生も意味がないものと思い込んでいたが、むだに消費したくない、自由になりたい、無駄死にしたくない」と表現するようになっていく。ガリ切り・印刷も彼らがするようになり、青年学級は彼らに生きる誇りと自信をよみがえらせた。

 高度経済成長の時代になると、効率優先の人づくり政策が始まる。教育は人を変える手段となり、要求するものに答えるだけの学力テストがはじまる。予測不能な事態に備える力ではなく、促成栽培の教育。太田尭氏はそれは許せない、と思った。

 家永三郎氏とも懇意で、教科書裁判に深くかかわる。国家が教育内容に介入することに危機感を感じ、「教育は上からの強制ではない」と主張する。その結果、国家のための教育ではなく、子どもの学習権を認め、内面の自由を保障し、人になる権利を認める杉本判決を勝ち取ることができた。

 1978年から都留文科大学の学長になり、学生ひとりひとりと語り合った。そこで、餌を取りに行くための木が伐り倒されたため、ムササビが神木を食害する事件が起こった。住民は退治しようとするが、今泉ゼミを中心に、ムササビと人の共存を模索した。それをきっかけに、自然と人との共存をめざし、都留市全体を自然と人間が共存するミュージアムにしようと構想した。一か所に集めず、その場で生きている姿を残そう、と。

 子どもたちの内発的な遊びも大切にした。仲間と一緒に遊ぶためには自然が必要だ。たっぷり遊べる場所子ども広場「なんじゃもんじゃ」をつくった。

  太田尭氏は講演会で、基本的人権・生まれながらにして有する権利を「命」から解読する。「命」の特徴こそが基本的人権だ、と。

 まず第一に、命はひとつひとつが「違うこと」がその特徴である。その人ならではの個性があり、親子でDNAは違う。だから子どもは親の私物ではない。子どもに同化を求めてはいけない。思うようにならないものだとあきらめることだ。違っていることを認めればおおらかな気持ちで受け入れられる、と。

 第二に、「自ら変わる」ことが「命」の特徴。幼虫から蛹へ、そして蝶へと変化する。それは誰かにやらせられているのではない。自ら変わっていく。それが生き物の特徴である。

 有機農業を学びに山形の星寛治さんと会談する。「植物は人間の都合で成長するのではなく、イネやリンゴの都合で成長するものだ。植物は自らの生命力で自ら育つ。だから人間は少し手を貸すだけ。」

 人間の生命力も同じ。自ら変わる力を持っている。子どもたちも学習行動によって、みずからかわる。学校の教室での勉強だけでなく、すべての生きる行為、なめる、さわるも大切な学習なのだ。だから、自ら変わる力、それを助けるのが教育である。

 第三に、「かかわる」ことが「命」の特徴。植物も、太陽、水、空気、他の生物を食べて成長する。かかわりがないと命は続かない。かかわりとは、違いを大事にすること。お互いの可能性を信じてかかわりあうこと。それが平和の基礎になる力になる。

 

93歳の太田尭氏はとても元気だ。「元気の秘訣は、夢をもつこと、夢で生きること、やらなきゃということにせかされているのかな?言い換えれば、夢に生かされている。夢は自分自身のものだから、自分に生かされている。」と語る。

 

 今、氏は、埼玉県の見沼にフィールドミュージアムを構想している。

 そして、知的障害者の厚生施設「川口 太陽の家」とかかわっている。そこでは、「それぞれが違う障害をもつ人たちが、お互いにかかわりあい、そのひとにあった仕事を通じて成長している。」

「ここでは、働けないと言われている人たちが、共に働く仲間の中で働いている。」

「生きるものはみんな不完全で、誰でもどこかに障害があるものだ。」

「単純作業の仕事だけでは、遅い、量が少ない、不正確と断られた。そこで創作・表現活動を開始し、作品を展示販売することにした。絵画、ステンドグラス、はし作りなど、いろいろなものを創作する工房「集」を作った。」

「彼らは「バリアを張って生きてはいない。人間関係が濃い。そこでかっこつけてもばかみたい。」

「好きなことだけやっていていいの?社会の厳しさも体験しないと…という疑問もあった。しかし、楽しいことをがんばってもらう、できないことは周りが補えばよいではないか。」

 職員や太田氏の言葉が続く。

 

だれにでも自分変えていく能力が備わっている。その能力を信頼して、介添えする。それが教育の位置づけである。ユニークな持ち味を最大限発揮して、個性ある作品を作りあげる。まさに、「アートとしての教育」である。

 「人間には、言葉ではなく感性の方がはるかにだいじだ。ところがその感性が乏しくなっている。無機物に囲まれた人々が、愛に飢えて、バラバラに生きている。」

 

 映画での最後の太田氏の言葉「今の自分の無知に学んでいる。」

 

 2012_0428太田尭1

太田尭氏のお話

 映画は森康行監督の作った「太田尭」。本物ではありません。一人の老人が夢を持って実現しようとしている姿を描いたものです。

 現在はとてもまずい状況にある。全人類的な課題に面している。とくに子どもたちにはとってもまずい状況だ。遊びひとつとっても危機的だ。遊びは、人間になるために、仲間と一緒に関係性をつくる欠くことのできない営みである。映像で見るのではなく、生のものに手で触れて耳で聞くことが、自然に触れることが特に重要だが、このままでは、人類としての資格を失いかねない。

 

この映画はいわゆる「教育映画」ではない。「反教育映画」だ。一般に考えられている教育、教え込もうとする教育、根深く食い込んでしまっている教育観を、根本から問い直し、それをどう前向きに変えていくか。

 

 日本教育学会の会長に就任したとき、真っ先に朝鮮半島に謝罪に行くつもりでいたが南北対立の結果ビザがとれず延期していた。その半分にでもと思って、昨年韓国に「謝罪」のために行ってきた。日本の植民地にしていた韓国に、戦前・戦中に対して責任を負っている者として。

イギリスの植民地、南アフリカのダーバンに行ったことがあるが、公園のベンチやバスに「WHITE ONLY」などと書かれ、ひどい黒人差別が行われていた。

 しかし、朝鮮ではもっとひどいことが行われた。創始改名といって名前を日本名にし、神社を参拝させ、天皇を敬わせ、日本語を強制した。言語、信念、信条など、魂を抜くという、えげつない植民地政策を行ってきた。我々国民もまた、教育勅語を最敬礼を持って要求され、強制的に同化を求められ、魂を抜かれていた。

 それがいまだに教育観に根を下ろしていて、上から押し付けることが教育だと勘違いし、魂を売れと要求する。大阪の橋下は自分を理念を押し付けようとしている。君が代を2年続けて拒否すれば懲戒免職だと。国民の側も強引な指導者を求め、全体主義になっていく。戦前の押し付け教育、「教化」が復活しないとも限らない。

 

 この映画では谷川俊太郎氏ご自身が自分の詩を朗読しているが、「なめること、触ることのうちに学びが潜んでいる」という一節がある。「学習」とは、学校での勉強だけではない。それは忘れてしまう。学校とは忘れるところだ。本物に触れて、感性がゆすぶれた時に「わかった」と感じる。それが教養になる。

 今の子どもたちは大地に足を下ろせない。空き地がなくなり、川は立ち入り禁止になり、山も荒れ放題で遊び場ではなくなってしまっている。本物に触れないと人間にはなれない。自然に触れないと人間として成長できない。カネの使いどころが間違っている。命のために、命と命のつながりのために使いなおさないと。

 学習とは生存に直接かかわる営みである。学習権とは生存権であると言ってもよい。学びと生きるは一体。それを助けるのが教育である。人を変えるのではない。人それぞれが自分のDNAに従って成長していく。それを助けるのだ。教育は添え物である。命と命の響きあいを仕事とすること、それが教育である。命と命のつながりとして教育をとらえなおすことが求められている。

2012_0428太田尭2

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